

RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
友人でもあるピアニストの稲岡千架さんがコロナ禍を経てソロ活動を本格復帰するという知らせを受け取った。
彼女の演奏は亡きオーディオ評論家の村井裕弥さんが高く評価していて、村井さんが出演する番組の担当ディレクターだった私は、ゲストとして稲岡さんをお迎えしたのが最初の出会いだった。モーツァルトのピアノソナタをリリースしたばかりの彼女は、始めラジオで話すことに緊張していたようだったが、モーツァルトという作曲家とその作品について、またピアノという楽器について、そして何よりもその音色について、事細かに熱く語ってくれた。良い演奏をするためにこれだけ多岐に渡って知識と思考を携えているピアニストはなかなかいない。感心すると同時にとても知的な方だと思った。加えてとても気さくで明るい人柄で、裏方の私にも屈託なく話しかけてくださり、いつしかプライベートでも食事を共にするなど、親しくお付き合いをさせていただくようになった。
その稲岡さんが白血病で入院した、という衝撃の知らせは世の中がまさに新型コロナに犯される時期と重なっていた。そのため病院ではご家族とも会えず、たった一人で病と闘わなければならなかった稲岡さん。その心中は察するに余りある。私や仲間たちはSNSなどで連絡を取りながら励ました。その間も彼女は病室にピアノを持ち込むことを画策するなど、弾くことへの情熱はひと時も衰えることはなく、前向きに治療に向き合っていた。そんな彼女を応援したくて以前にもこのコラムで書いたことがあったが、今回は長い闘病生活からようやく抜け出した彼女の復帰コンサートについてここに記しておきたい。
会場は日比谷のベヒシュタイン・セントラム東京。ご存知ドイツのピアノメーカーであるベヒシュタインのショールームとスタジオを併設したサロンで、2022年の1月に開設されたばかりである。社長の加藤正人さんと稲岡さんは長いお付き合いがあり、彼女の復帰の舞台をこのサロンで用意した、という経緯があった。
プログラムはモーツァルトのピアノソナタ3曲と、後半にはシューマンの「クライスレリアーナ」。
お得意のモーツァルトはもちろんだが、稲岡さんのシューマンというのに私はとても興味を持った。しかも「クライスレリアーナ」は揺れ動く人間の心模様を散りばめたような音楽である。果たして今の彼女はこの作品をどんな風に弾くのだろうか。
ベヒシュタイン・セントラム東京トーク&コンサートシリーズ
やがてシンプルなドレスを纏った稲岡さんが登場。薬物治療で退院直後はかなり髪を短くしなければならなかったそうだが、それよりは少し伸びた明るい栗色のショートヘアが知的な笑顔をより美しく彩り、オフホワイトのドレスとよく似合っていた。思えばデビューアルバムのジャケットも白のドレスを纏った彼女の肖像画である。その人柄も音楽もピュアな稲岡さんに「白」はぴったりのカラーなのかもしれない。
彼女は弾き始める前にポーズ(時間)を比較的長くとった。目を閉じて手をおもむろに鍵盤の上に乗せ、ピアノの状態を確かめるように音を発する。会場は天井が低いせいか、始めその音は少し硬く感じた。それでも一音一音丁寧に、愛おしむかのように奏でるスタイルは変わらない。ハ長調K330は再生のさえずりを確かめるように、続くK310イ短調は音楽への情熱を隠すことなく晒け出し、K570変ロ長調は生命の穏やかな喜びに身を浸すかのような演奏。彼女のピアノが刻一刻と血を通わせていく様子が窺えた。
稲岡千架
しかし私の心を鷲掴みにしたのは「クライスレリアーナ」だった。タイトルはホフマンの音楽評論集からきているが、シューマンがもちろん当時の恋人であったクララをオーバーラップさせていることはこの曲の揺れ動く感情をそのまま写しとった音楽を聴けば一目瞭然である。急―緩―急―緩と交互に続いてく楽曲構成。冒頭の1曲は「激しく躍動して」と記されている。波打つような情熱的なパッセージ。ロマン派のシューマン作品ではペダルを使用することによって前半気になった硬さが払拭され、ベヒシュタイン本来の柔らかな音色になった。
稲岡さんとベヒシュタイン社長、加藤氏との対談の中でも触れていたドイツ語の「innig」はシューマン作品の中に度々現れる表示で「親密な」といった意味がある。この「innig」がキーワードであり、心の内に秘められた深い情熱がシューマンの楽譜の中に凝縮しているのだ。シューマンの思いと稲岡さんの思い。それが一体となって私の心にダイレクトに飛び込んできた。なんという切なさ。こんなにも心を揺さぶられる演奏は久しぶりだった。生命の喜びと音楽への希求。パンデミックと世界の不安をくぐり抜けて、私の頬にはいつしか涙がこぼれ落ちていた。
稲岡さんご自身がプログラムに書いているが、これだけのプログラムを病み上がりの体で仕上げることは並大抵のことではなかったと思う。体力的にも技術的にも無謀ともいえる挑戦だったかもしれない。それでも絶望を垣間見た彼女にとって、この日のコンサートは現実世界への必然ともいえる手応えを持っていたのだろう。
感謝の言葉と共にアンコールで演奏されたのはシューマン(リスト編曲)の「献呈」だった。
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