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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

トリオ・リズルの夏祭り

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

しばらくコンサート通いを休んでいたのだが、久しぶりにトッパンホールでの室内楽を聴きに出掛けた。弦楽三重奏団「トリオ・リズル」のコンサートである。

トリオ・リズルはヴァイオリンの毛利文香、ヴィオラの田原綾子、チェロの笹沼樹の3人からなる。いずれも桐朋学園大学で学んだ同級生たち。彼らはそれぞれソロも含めて活躍しているので、録音や他の室内楽などでも演奏を耳にしてはいたが、トリオで聴くのは初めてである。2021年6月の公演を機に「トリオ・リズル」という名前を掲げて活動するようになった、ということなのでまだ結成間もないが、継続的に弦楽トリオという形態で演奏を続けていくそうだ。若手奏者としては指折りの実力を備える3人というのも注目である。ちなみに「トリオ・リズル」とは「折り鶴」からとられた名前だそうで、日本から世界に羽ばたくことを願ったネーミングなのだとか。

更に私の心を捉えたのはプログラムである。ベートーヴェン、ペンデレツキ、フランセ、ドホナーニ。弦楽四重奏よりはマイナーな弦楽三重奏のレパートリー。こんなラインナップに接する機会はなかなかないだろう。初めて聴く曲も多いのでわくわくする気持ちを携えてトッパンホールへ向かった。

この日は祝日。台風が近付いているようでかなり強い風が吹いていた。夏休みに入ったこともあるのだろうか、会場はほぼ満席で、若手奏者たちへの期待値の高さを感じた。

始めに7つの楽章によるベートーヴェンの「弦楽三重奏のためのセレナード」。若き日のベートーヴェンがウィーンに出てきて、貴族のサロンなどで活動していた時期の作品で、やや古典的で優雅な趣の楽曲である。弦楽三重奏は聴き慣れた四重奏と比べて、なるほどヴァイオリンが一人いないことで、やはり全体としての響きはより低音に振れる。その音のバランスに正直初めは少し戸惑ったけれど、ペンデレツキになると一転シャープな音楽が展開され、協和音でない響きがかえってトリオという意識を超えてくる。緊張感漂う音楽が一気呵成にフィナーレに向かっていくこの集中力は、やはり若いトリオならではの勢いだろう。それにしてもペンデレツキに弦楽三重奏曲があること自体ちょっと驚きである。

休憩を挟んで後半はフランセの作品。20世紀フランスの作曲家らしい、エスプリの効いた洒落た味わいがまた実に心地良い。先程のペンデレツキとは正反対の世界である。すっかりこのトリオの音の響きに魅せられていた私は、軽やかで思わず体を揺らしたくなるようなリズムの浮遊感を楽しんだ。

icon-youtube-play フランセ:弦楽三重奏曲リハーサル(トッパンホールより)


※8月23日までの期間限定公開です。

最後はハンガリーの作曲家、ドホナーニの作品。私などは世代的に指揮者のクリストフ・フォン・ドホナーニが馴染み深いのだが、彼の祖父にあたるこのエルネスト・フォン・ドホナーニの作品を聴く機会は実際あまりない。しかしこうして生演奏に触れると、東欧の仄暗いイメージと民謡風の聴きやすいフレーズ、加えて技巧的な部分もあって実に内容の充実した室内楽曲である。

トリオ・リズルが存分にそれぞれの持ち味を発揮して、この魅力溢れる楽曲を見事な演奏で聴かせてくれた。毛利さんの繊細な歌い口のヴァイオリンと、笹沼さんの大らかで良く響くチェロ。メンバーの中では田原綾子さんのヴィオラ・ソロの音源を番組で使わせていただいたことがあったのだが、その時のショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタの演奏がとても印象的で、編集をしながら聴き入ってしまった。時にヴァイオリンと絡み合い、メロディーを主張し、時にチェロとともに低音を支える。トリオという構成だとヴィオラはとても音楽的に重要になってくる。小柄な田原さんだが役割はとても大きい。

アンコールはまたベートーヴェンに戻り、弦楽三重奏曲変ホ長調Op3のメヌエット楽章と、最後は「失われた小銭への怒り」というタイトルのついたロンド・ア・カプリッチョ。ピアニストの實川風さんの編曲によるものだった。強面のベートーヴェンの印象はここでは影を潜め、人懐こいメロディーのアンコールピース。もとはピアノ曲だが、弦楽トリオで聴くとこんなにもチャーミングな曲に聴こえるとは!

icon-youtube-play ベートーヴェン:ロンド・ア・カプリッチョ「失われた小銭への怒り」

弦楽三重奏の魅力に触れ、そのレパートリーにも注目するきっかけとなったこの日のコンサート。トッパンホールのプレスには「弦楽トリオの夏祭り」と紹介されていて、まさにぴったりのキャッチフレーズだ。Vol.1のコンサートではベートーヴェンの他、ヒンデミット、モーツァルトなどがプログラムされていたらしい。聴き逃してしまって残念なことをしたと思っていたらなんとYouTubeでその演奏が聴けるではないか!ちゃっかりここにもそのURLを貼っておこう。

icon-youtube-play ベートーヴェン:弦楽三重奏曲ニ長調Op9-2(トッパンホールより)

icon-youtube-play ヒンデミット:弦楽三重奏曲第1番Op34(トッパンホールより)

icon-youtube-play モーツァルト:ディヴェルティメント変ホ長調K563(トッパンホールより)

ちなみにミュージックバードでもこのコンサートのライブ番組を放送予定である。知られざる楽曲との出会いも提供してくれるトリオ・リズルの活躍をこれからも是非楽しみにしたい。

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