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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

インキネン、日フィル最後のクレルヴォ交響曲

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

今ではすっかりお馴染みの場所となった赤坂アークヒルズ。職場にもほど近いので、よく足を運ぶ。

そこにあるクラシックコンサートの会場がサントリーホールだ。在京オーケストラの定期公演もほとんどこのホールで行われている。サントリーホールがオープンした1986年当時、父が勤めていたテレビ朝日はその隣にあった。音楽好きで、アマチュアで楽器を弾く趣味もあった父と一緒にサントリーホールに行ったのが思えば最初だった。

さて2023年に話を戻すと、その日は日本フィルハーモニー交響楽団(=日フィル)の定期演奏会がサントリーホールで行われることになっていた。フィンランド出身で首席指揮者のピエタリ・インキネンが振る最後のコンサートでもあった。現在日フィルの事務局で働く、かつての後輩Mちゃんが今回の公演に招待してくれた。しかもプログラムはシベリウスの「クレルヴォ交響曲」。なかなか日本ではライブで聴く機会がない貴重な曲でもある。

icon-youtube-play シベリウス:クレルヴォ交響曲

コンサートの開演は19時から。悩ましいのが食事の時間である。コロナ禍ではホール内のバーも閉まっていたり、近隣のお店も短縮営業や休業だったりして、誰かと食事をするということはほぼない状況だった。必然的に開演前に一人で軽食をとることになるのだが、時間的にも中途半端なため、サンドイッチやお菓子などになりがちで、コンサート直前に糖質を摂取すると眠気に襲われたりして、どうにもよろしくない。ようやく最近、通常営業のレストランが多くなってきて、そうした悩みから解放されつつある。

私は友人と最近オープンしたサントリーホール近くのオフィスビル内のレストランで開演前に食事をすることにした。ゴールデンウィークも間近、遊歩道の脇に佇むそのレストランはオープンエアになっており、緑に囲まれて都心のオフィスビル内とは思えない落ち着いた空間。自然に馴染むような雰囲気で、モダンすぎないインテリアも心地良い。夕方の5時はハッピーアワータイム。とはいえ、しっかりした食事のメニューも充実している。私たちはお酒が飲めないので、ノンアルコールのスパークリングで、鰹のカルパッチョやトマトソースのパスタ、お肉料理などをシェアしたが、どれもとても美味しく、丁寧な料理に好感を持った。しかしデザートまで食べてしまうと眠くなりそうなので、食後はコーヒーだけにしてホールへ向かう。

シベリウスのクレルヴォ交響曲はフィンランドの伝説の叙事詩「カレワラ」を元にした合唱を伴う大規模なオーケストラ作品。北欧の厳しい自然を思わせる仄暗い低弦の響きは、もうひとつのシベリウスの傑作、ヴァイオリン協奏曲や交響詩「フィンランディア」を思わせる。

icon-youtube-play シベリウス:ヴァイオリン協奏曲

また日フィルといえばフィンランドの血を引く日本人指揮者、渡辺暁雄との関わりが深い。この歴史あるオーケストラが、フィンランド人のインキネンを首席指揮者として迎え、最後のコンサートでこの曲を演奏するというのは、なにより古いファンにとっては非常に感慨深いに違いない。

icon-youtube-play 渡邊暁雄

それでも、まだ前半はその手応えに様子をみている感じもあったのだが、やはり合唱と声楽が伴われる第3楽章から俄然ムードが変わった。全5楽章の中ではドラマのクライマックスであり、最も長い楽章でもある。ヘルシンキ大学男声合唱団も歴史ある団体であり、シベリウス他名だたる作曲家が作品を献呈し、録音でもよく耳にしていたが、こうして生で聴くとその深々とした力強い歌声はどうだろう。心底圧倒される。歌詞を母国語とする彼らは譜面を持たずに本番に臨んでいた。共演は東京音楽大学合唱団で彼らも健闘していたが、作品への理解度で一歩リードしていたことはいうまでもないだろう。

icon-youtube-play ヘルシンキ大学男声合唱団

物語は時に野蛮で残酷な内容も含まれている。超人的な力を持つ青年クレルヴォの成長と恋愛、実の妹との近親相姦、そして復讐劇と悔恨、その壮絶な悲劇の結末はクレルヴォの自らの死によって終わる。後半はそれらのストーリーが男声合唱によって語られ、バリトン歌手ヴィッレ・ルサネンのクレルヴォ、そしてソプラノ歌手のヨハンナ・ルサネンがその妹として歌う。同じ姓なので本物の兄と妹なのかと思ってしまったが、どうやら姉と弟らしい。二人の熱唱もあり、故郷への熱い想いを湛えたインキネンの指揮と、フィンランドにも縁がある日フィル両者が素晴らしい演奏を聴かせた。

終演後、Mちゃんにご挨拶。実は結婚を控えた彼女のパートナーが、今日の主役でもあったヘルシンキ大学男声合唱団をマネジメントしていたらしく、なんだかコンサートはフィンランド繋がりで様々な縁で結ばれて出来上がっていたようだ。

一緒にいた友人ともども、サントリーホール前のブラッスリーでしばし歓談。開演前に食べられなかったデザートをコンプリートした。爽やかなレモンパイはまるで初夏の北欧の空に浮かぶ雲のように軽やかなメレンゲをまとっていた。

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