RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
5月4日(木祝)みどりの日
この日は東京国際フォーラムへ。ゴールデンウィーク後半になり、有楽町周辺はものすごい人だかりである。月島在住の友人の構成作家K女史とホールC前のカフェで待ち合わせする。もはや初夏の陽気で昼間はノースリーブでも問題ないくらい。LFJは開幕したばかりでお祭りムードが漂う。
LFJ2023
私たちはまず「ハバナのベートーヴェン」と題されたコンサートを聴きに行った。フュージョンピアニストのヨアキム・ホースレイを中心にお馴染みのベートーヴェンの名曲をラテン風アレンジで聴かせる。女性パーカッショニストがベアトップにシガレットパンツ姿でソロを演奏するのもかっこいい。少しPAを使っているせいか、最初はそのライブハウス的な音響に耳が慣れずに戸惑ったが、後半はすっかりラテンのノリで盛り上がる。始めに聴くにはガチガチのクラシックより気楽に楽しめてよい選択だった。
「LFJ TOKYO公式」より
続いてもホールCで、こちらはLFJでも常連のベテランピアニスト、アンヌ・ケフェレックを中心とした室内楽。ケフェレックの上品なソロでバガテルを聴いた後にベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番をピアノと弦楽五重奏版で聴く。輝かしいピアニズムが特徴の曲ではあるけれど、室内楽的な響きで聴くのも素敵だ。それは決してがさつにならないケフェレックのノーブルなピアノのせいなのか、若きハンソン四重奏団の真摯な演奏のなせるわざなのか。ヴィオラには実力派の日本人奏者、安達真理が加わっていた。
「LFJ TOKYO公式」より
ここで少し小休止。18時過ぎだったこともあり、軽く夕食をとることに。K女史のリクエストでピザを食べよう、ということになったが、お目当てのピザ屋は既に長蛇の列となっていた。コロナ明けのゴールデンウィークのレストランの混雑振りはすごかった。それでもコリドー街近くの比較的目立たないピザハウスになんとか入店し、お腹を満たす。
続いては、ホールDで今回の目玉にもなっていたプログラム、パスカル・アモワイエルの脚本、ピアノ、芝居による「ベートーヴェンを探して」。開催前の記者会見で紹介された時から興味を持って、早めにチケットをゲットしたのは正解。既に満席となっていた。照明を落とした舞台にアモワイヤルが登場。絶妙な間合いのトークは正面のスクリーンに日本語で映し出され、まずは軽く笑いを誘う。自身の音楽人生譚はいつしかベートーヴェンのドキュメンタリーと重なっていく。そこにキーワードとなる32のピアノソナタの解説と演奏をはさみ、時にユーモラスに、時にエモーショナルに、語り、演じる。音楽と一人芝居のコラボレーションとでも言おうか。なんと素晴らしく質の高いエンターテイメント! 心底驚き、彼の別のプログラムも是非聴きたいと思って探したが、当然既に売り切れだった。日本では認知度はそんなに高くないけれど、パスカル・アモワイエルの存在をこの公演で深く印象付けられた。
「LFJ TOKYO公式」より
「LFJ TOKYO公式」より
5月5日(金祝)こどもの日
この日は一人で再びLFJへ。プレス枠で希望のコンサートを選べるということで、既にあまり空席のあるコンサートがなかったのだが、ホールAのオーケストラコンサートを聴くことにした。プログラムはベートーヴェンの「田園」。指揮は三ツ橋敬子、オケは東京交響楽団である。日本でも女性指揮者は活躍目覚ましい。三ツ橋さんもその一人で一度彼女の振る交響曲を聴いてみたいと思っていた。ただし問題は国際フォーラムのホールAのただならぬ広さである。PAありきのサイズ感で、比較的前方の席だったので少しはましだったのだが、どうしても響きが遠くなってしまって、生き生きとした音楽が展開されていたのだろうとは思うが、どうも同じ熱量で客席まで届かない感じがした。それでも、前半に演奏された「騎士バレエのための音楽」の端正で新鮮な演奏は印象に残った。
5月6日(土)
この日も一人でLFJ参戦。ホールCで「SAXカルテットによる名曲の解答」と題されたコンサート。基本はモノトーンであるクラシックコンサートのコスチュームとは一線を画す色鮮やかなカラーリングで登場したエリプソス四重奏団の衣装にびっくり。実に華やか。さすがはファッションの国、フランスのアーティストたちである。しかしインパクトを与えたのはファッションだけではなかった。真の実力を備えた奏者たちなのはその演奏を聴けば明らか。木管六重奏の方は比較的オーソドックスなアレンジだったが、後半のピアノソナタ「悲愴」のサックスアンサンブル版(しかも全楽章!)が素晴らしかった。アレンジもテクニックもかなりの難易度。各声部に耳を傾けると楽曲の全体像がまた違ったフォルムを見せ、この曲の緻密な構成に思わず唸らされる。1時間のコンサートなのにアンコールが盛り上がり、最後は手持ちの曲がなく、アカペラで歌を披露してくれた彼らのハートにも嬉しくなった。
「LFJ TOKYO公式」より
LFJの4年振りの熱狂は最後の夜まで続いた。
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