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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

2つの『皆殺しの天使』

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

メトロポリタン・オペラのライヴビューイングは自分の担当番組でも紹介している関係で折に触れて観に行くのだが、先日観たトーマス・アデスの「皆殺しの天使」が出色の面白さだったので少しここで感想を書いてみたいと思う。
もとは1962年に公開されたルイス・ブニュエル監督の同名の映画「皆殺しの天使」で、これをオペラ化したもの。あのサルバドール・ダリと共作したシュールレアリズムの映画「アンダルシアの犬」で知られる映画監督である。彼の傑作といわれるこの「皆殺しの天使」がオペラ化というのでまず非常に興味を持っていた。同時期に渋谷のイメージフォーラムでブニュエルの特集が組まれ、ここで映画「皆殺しの天使」もリバイバル上映されていた。私はまずライヴビューイングに先立ってこのオリジナルの映画を観に行った。

ストーリーはブルジョア階級の紳士淑女がオペラ「ランメルモールのルチア」を観た帰り、ある夫婦に晩餐に招かれる。奇妙なことにその屋敷では夜、使用人達が次々と辞めて出て行こうとしているところだった。結局屋敷には執事一人が残るだけ。主賓夫妻は人手が足りない中なんとか客人をもてなすが、食事や歓談がひとしきり終わっても招かれた客人達は何故か誰もそこを去ろうとしない。夜が明け、翌朝になっても。そして誰もそこから出ることが出来ないまま、何日も部屋に閉じ込められた状態が続き、ついに水や食料が尽きる。紳士淑女の仮面は次第に剥がれ落ち、人間の欲望が剥き出しになっていく。何故部屋から出られないのかはいっさい理由がない。こんな不条理の世界をオペラで描くとどうなるのか。

まず音楽が鮮烈だった。その語法は現代音楽と言って差し支えないものだと思うが、抽象的なままで終わらない、要所要所でキャッチーなフレーズがあり、現代音楽は苦手、という人も決して退屈させない。トーマス・アデスはイギリスの1971年生まれの作曲家。ブリテンの再来とも言われるその作風は重厚でありながら、どこかユーモアを持ち合わせている。このオペラでも電子楽器オンド・マルトノや鐘を使用することで特異で不気味なサウンドを作り上げている。また、キーポイントになる劇中音楽がある。前半まだ晩餐が和やかに行われていた時に女性がパラディージのソナタをピアノで弾くシーンがある。後にストーリーの中でも重要な意味を持つのだが、このパラディージのソナタの終結部の取り入れ方も絶妙だ。アデス自身が話していたが、映画では登場人物を画面でクローズアップすることでその人物のキャラクターを表現できるが、オペラは舞台。常に登場人物達がその舞台上にいるので、音楽によるキャラクター分けが必要だ。歌姫レティシアはストーリーの要となる人物だが、終始超絶の高音域を歌う。つんざくようなソプラノはまさに狂気そのものだ。また近親相関的な姉弟の弟役はカウンターテナーによって歌われ、その妖しいシスターコンプレックスのキャラクターが一層際立っていた。

それにしても長時間閉じ込められた空間で繰り広げられる人間の壮絶な争いと欲望は凄まじい。水道管を壊して我先に水を飲み、迷い込んできた羊を捉え、家具や楽器を壊して燃やし、羊肉を焼いて食べる。人の些細な行動が争いの原因になる。それまで紳士淑女として優雅に振舞っていた男女の豹変ぶりは衝撃だ。極限状態におかれ、死人もでる中、ある者は宗教的な思想に捉われ、恋人同士はお互いの存在を確かめ合うように情事に耽り、命を絶つ。そのデュエットの歌詞が強烈に印象的だった。果たしてあのテキストはアデス自身が書いたものなのだろうか?

後半、閉じ込められた彼らを心配した市民達が屋敷の外で騒ぎ出す。しかし彼らもまた何かの理由によってそこに近付くことはできない。そこに閉じ込められた姉弟の姉の息子が登場する。ボーイソプラノで歌われる「ママ」の声が悲しくも美しく、しかし恐ろしいほどに虚しい。

icon-youtube-play 「皆殺しの天使」予告映像

この「皆殺しの天使」初演は2016年のザルツブルク音楽祭。翌年ロイヤルオペラでの初演を経ての今回のMET初演。私など通常の名作オペラよりよほど面白かった、と言っては語弊があるかもしれないが、演劇的要素が強く、ストーリー自体に力があるのが魅力的だ。現代作曲家のよく知らない作品だから、と敬遠するのはあまりにももったいない。今度は是非生の舞台で観てみたい。

またMETライヴビューイングは2017-2018シーズンが開幕中。名作オペラも続々上映されている。本番の舞台はなかなか行くのをためらってしまう、という人もお小遣い価格でMETの豪華な舞台を楽しめる絶好の機会なので、是非お勧めしたい。次回の演目はプッチーニの名作「トスカ」。数々の名アリアがソニア・ヨンチェヴァ、ヴィットーリオ・グリゴーロ、ジェリコ・ルチッチなど一流の歌手陣によって歌われ、舞台さながらに鑑賞できる。幕間のインタビューや舞台裏の映像も楽しい。オペラファンも初心者も楽しめる素晴らしいエンターテイメントだ。

icon-youtube-play 「トスカ」より『歌に生き恋に生き』リハーサル映像(1)

icon-youtube-play 「トスカ」より『二重唱』リハーサル映像(2)

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