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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

キャンセル魔の完璧主義

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

2020年も終盤。今年最も大きく取り上げられているのはベートーヴェンの生誕250年だが、演奏家も記念年を迎えた人がいる。伝説のピアニスト、生誕100年のアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリもその一人だ。今でもカリスマ的人気を誇るミケランジェリだが、完璧主義者でコンサートをキャンセルすることでもよく知られていた。今回はこうしたキャンセル魔と呼ばれるアーティスト二人に焦点を当ててみたい。

まずはそのミケランジェリ。1920年イタリアのブレーシャ地方に生まれた彼は、1939年のジュネーヴ国際コンクールで優勝し、アルフレッド・コルトーから「リストの再来」と絶賛されデビュー。第二次大戦中は対ファシズムのレジスタンスとしても活動した時期があったという。戦後楽壇に復帰し、著名なピアニストとなっても何かと謎の多い人物で、それがまた一層彼の神秘性を助長している。しかしその比類ないタッチから繰り出される研ぎ澄まされた音色は、今聴いても人を惹きつけずにはおかない。特に美しいのはドビュッシーのピアノ曲である。それはまるで鏡のように鮮明に音のテクスチュアを映し出す。「情感豊か」という演奏とは対局の、怜悧で研ぎ澄まされた感性。個の人間性は一切表出しない。けれど彼の弾く「水の反映」にはまさしくミケランジェリならではの音色が存在する。私はこの曲のこれ以上の演奏を知らない。

icon-youtube-play ドビュッシー :水の反映byミケランジェリ(P)

最近ミケランジェリの謎めいた芸術家としてのドキュメンタリー映像がDVDで発売された。「完璧のその向こうへ」と題されたその映像を見ても、相当偏屈な人物だったことがわかる。今では考えられないが、世界中のコンサート会場に自分のスタインウェイ・ピアノと専用調律師を同行、会場の照明や温度などが少しでも気になればナーバスになってキャンセル。正直一緒に仕事をする周りの人間にはなりたくないところだ。なにしろ一度彼に嫌われてしまったら視界に入るのさえ許されない。撮影スタッフはまずそこで躓いた。信頼する唯一の人間はドイツ・グラモフォンの録音プロデューサーであるコード・ガーベン。リハーサルには彼以外の人間が近くにいるのを許さなかった。ついには録音の際の指揮者もガーベンが務めることになる。しかし長年ミケランジェリの録音を担当してきた彼でさえ、ある時ちょっとしたことが原因で、一切関わりを断たれてしまった。

そんな気難しいミケランジェリだが錚々たるピアニストたちを弟子にとり、世に送り出している。マウリツィオ・ポリーニやマルタ・アルゲリッチである。ポリーニはその全盛期にミケランジェリのピアニズムを垣間見ることができるし、アルゲリッチもそのエモーショナルな演奏には一見かけ離れているように思われるが、作品そのものを極める、という意味では彼女もやはり完璧主義である。そしてミケランジェリ同様にキャンセル魔という資質も受け継いでいる……。

icon-youtube-play マウリツィオ・ポリーニ(P)

icon-youtube-play マルタ・アルゲリッチ(P)

キャンセル魔と呼ばれる演奏家はピアニストが多い気がするが、指揮者で有名なのはカルロス・クライバーである。父も偉大な指揮者であるエーリヒ・クライバー。ドイツで生まれ、その後アルゼンチンに亡命したことでカールという名前をスペイン風にカルロスとした。父の後を追って指揮者となったカルロスだったが、父親の影にいつも怖れをなしていたという。しかしその一方で彼の紡ぎ出す音楽の闊達で溢れんばかりの躍動感はどうだろう。十八番であったJ.シュトラウスの喜歌劇「こうもり」や、ベートーヴェンの交響曲第7番などは、聴いているだけで自然と身体が動き出してしまう。音楽そのものが生き物であるかのように疾走するこの感覚は、クラシック音楽というカテゴリーをも超えている。指揮姿も優雅で、踊るような腕の振りは見ているだけでもうっとりする。しかしあれだけの魅惑的な音楽は録音でも実演でも接する機会は極端に少なかった。あの帝王カラヤンに「彼は好きな時にだけコンサートをやれて羨ましい」と言わしめたというから、驚きである。

icon-youtube-play カルロス・クライバー

私が担当するミュージックバードの番組「東条碩夫の新スペシャル・セレクション」でミケランジェリやクライバー親子の特集を組んだこともあり、最近彼らの録音を聴き直してみたのだが、改めてその演奏の素晴らしさに舌を巻く。今と時代は違うけれども、完璧主義という名のもとに、私たち一般人の常識では到底収まりきらない、彼らの芸術家としての拘りと妥協を許さない信念が息づいているのである。至高の芸術を生み出す過程には艱難辛苦がつきものだが、多くのファンにとってはもう少し多くその演奏に接したいというところだろうか。

ちなみに同番組では、東京FMでもかつて放送された音源をCD化したシリーズを集めて、特集した番組を年末年始に放送予定である。ミケランジェリやカラヤン、ベーム、チェリビダッケなどのカリスマ演奏家たちの貴重な音源が登場。2月にはクライバー親子の特集も予定している。

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