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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

拍手

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

私はライヴ音源を使った番組を制作することも多いのだが、そこに付きものなのが、「拍手」である。

思えばコンサートに限らず、スピーチや特定の人物が登場した時など、私達は無意識に手を叩いて敬意を表しているが、これはいつ頃からの習慣なのか。調べてみるとどうも日本では明治以降、西洋人が音楽会や観劇の後に拍手をしていたのに倣って習慣化していったらしい。西洋文化の一つとして文明開化とともに定着したものなのである。すなわちそれ以前の日本の芸能である雅楽や能、狂言や歌舞伎では拍手はなかったそうだ。考えてみると能などでは経験があるが、特に世阿弥の作品のような余韻の残る最後の場面では拍手をするのにためらわれるような雰囲気が漂う。マナーとしての側面がある一方で、ある種の力強い賛同や感動の意味を持つ「拍手」は、幽玄の世界観や、厳かでどこか儀式にも通じるような味わいのある日本の伝統芸能にはややそぐわない気もする。

対して西洋文化のど真ん中にあるクラシック音楽には、「拍手」は非常に大きな効果があると言っていいだろう。素晴らしいコンサートに居合わせた時、湧き起こる感動とともに思わず自然に拍手をしてしまう経験は誰にでもあると思う。盛り上がって大音量で終わるような、例えばベートーヴェンの「第九」だと少しフライング気味に拍手をしてしまうこともあれば、反対にマーラーの9番のような曲ならば消え入る音の余韻を充分に味わってから、ポツポツと拍手がまばらに始まるのが理想的だ。いずれにしてももはや拍手は私達の中で脳内にインプットされた感情表現の一つなのかもしれない。

icon-youtube-play マーラー:交響曲第9番第4楽章

ライヴ番組などでは必ずこの拍手をそのまま放送するし、録音物にもライヴ音源だとかなり長く拍手を入れているものもある。しかしながらこの拍手にも人それぞれ思い入れがあるようで、例えばリスナーから「拍手が長過ぎてうるさいからカットしてくれ」とクレームが入ることもあれば、ライヴコンサートを録音した経験がある番組出演者などからは「できるだけ拍手は引っ張って」と指示されたりもする。(そういう音源に限って5分以上拍手が入っていたりする!)ディクレターとして番組制作の中立的な立場として言わせていただければ、私は放送ではやはり1分程度でフェードアウトするくらいが適当ではないか、と思っているのだが、歴史的な録音ともなると1分では感動が薄れてしまうような場合もあるので、そこは臨機応変に対応している、という感じだ。録音物においてはエンジニアやプロデューサー、もちろんアーティストの意向もあるだろうし、レーベルによっても様々だ。また番組や録音物における拍手はフェードアウトするのが定石だが、長々とゆっくりフェードアウトするのか、5秒位で絞るのか、このあたりは演出のヴァリエーションでもある。

icon-youtube-play ピッツバーグ交響楽団ベルリン・ライヴ

さて、昨今このコロナ禍ではオンラインによる配信でのコンサートも多い。また無観客ライヴという状態だと拍手がない。何度か経験があるが、やはり演奏が終わった時になんとも寂しい感じが漂うのもまた事実である。逆にいえば拍手が盛大であれば、面白くない演奏でもそれなりに聴こえる効果がある。究極の例を挙げれば新年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサート。今年は史上初の無観客での開催となったが、世界中に放送される大規模なコンテンツだけに新年の晴れやかな雰囲気にふさわしい演出を考えた結果、拍手はオンラインで挿入するという驚きの手法を使っていた。何となく制作現場の試行錯誤が垣間見えるような気がしてシンパシーを感じてしまった。

一方でマナーという側面を考えると、クラシック音楽のコンサートにおける「拍手」は楽章間ではしないなど、楽曲を知らないとそのタイミングが難しい。その点ではややレヴェルの高さが要求される。それこそ新年のコンサートではウィーン・フィルから派生した例で言うと、「ラデツキー行進曲」のように観客も一緒に手拍子をするような場面がある。これは厳密には「拍手」とは違うが、指揮者の指示に従って手を強く叩いたり、弱音にしたり、穏やかな中間部では拍手はストップ。これも音楽を知らないと意外とすんなりできないものである。

icon-youtube-play ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート「ラデツキー行進曲」

そういえば先日の日本フィルハーモニー交響楽団のニューイヤーコンサートに出掛けた時は、2度目の緊急事態宣言の後の連休午後というのもあり、客席にはいつもよりかなり人が少なかったのだが、それだけコアなファンが多かったのか、ぴったりと手拍子が音楽に合っていたので、若手指揮者の熊倉優さんもにっこりと満足げに微笑んでいたのが印象的だった。

現在は飛沫防止のため「ブラボー!」の掛け声も禁止されている。コンサートの開催はこれからまた少し制限がありそうだが、拍手はアーティストと聴き手を繋ぐ言葉を使わないコミュニケーションとして、ますます意味が大きくなりそうである。

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