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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

大人の遠足〜角川武蔵野ミュージアム

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

歌手の井筒香奈江さんとは最近よくデートする。同世代でお酒が飲めないという共通項もあって、番組ゲストに迎えてからすっかり意気投合している。長引くこのコロナ禍でライブ活動がままならなくなった彼女はこの間、読書にのめり込み、すっかり読書家になっていた。食事も忘れるほど読書に熱中し、気付けばすっかりスリムな体型になり、いささかちょっと痩せ過ぎではないかと心配になるほどである。

icon-youtube-play 井筒香奈江

そんな彼女と、是非行きたい場所として候補に上がったのが2020年にオープンした「角川武蔵野ミュージアム」。キャッチフレーズは図書館、美術館、博物館が融合した新しいコンセプトの文化複合施設。編集工学者で著述家の松岡正剛氏が館長を務めていることでも話題となっている。

その存在を知ったのは横溝正史の「犬神家の一族」に出てくる「スケキヨの足」が池に展示されている、というニュースからだった。何を隠そう、私は無類の横溝ファンで、角川といえば横溝、横溝といえば「犬神家」という方程式が脳内に出来上がっている。特に金田一耕助シリーズは読破しているのだが、「犬神家の一族」は市川崑監督の映画でも有名である。横溝正史の作品の中の殺人事件は常に造形的で、映像化されるとより強烈だが、その最たるものがこの「スケキヨの足」に違いない。旧家の跡取り候補である犬神佐清(いぬがみすけきよ)が復員後に何者かに殺されて湖に逆さに沈められ、足だけを水上から出しているという衝撃的な場面である。この足をリアルに(造形物だとしても)目撃できるなんて、ファンとしては堪らない体験である。残念ながらこの展示は期間限定だったため見逃してしまった。痛恨の極みである。

icon-youtube-play 「犬神家の一族」(1976)劇場予告編

しかし「ファン・ゴッホー僕には世界がこう見えるー」の会期が延長され、こちらも非常に興味があったので、ゴッホ展を目当てに二人で東所沢にある、ところざわサクラタウンまで遠足した。

個人的に所沢は子供の頃、一時期住んでいた土地なのだが東所沢はあまり馴染みがない。溝の口から南武線、武蔵野線を乗り継いで行くと、私の自宅からは1時間半近くかかる。次第に長閑な風景に変わっていく車窓を眺めていると小学生の頃、学校が終わると近所の雑木林で遊んでいたことを思い出す。木に登ってみたり、蟻地獄に蟻を落としてみたり、蜥蜴を捕まえてみたり、今思えばわりと野生児だった。妹が漆の葉で顔がかぶれて別人のようになったこともあった。まだ舗装されていない道を自転車で全力疾走して盛大に転んだ時の傷は未だに膝に残っている。捨て犬を拾ってきて母親に怒られたりしたこととか、最近のことは端からきれいに忘れていくのに、よくもまぁ細々と覚えているものだ。

そんな記憶を手繰っているうちに東所沢に到着。駅からはまた10分近く歩く。方向音痴の中年女子二人。グーグルマップを頼りにするよりも、同じようにミュージアムを目当てに来たらしい女子高生の後ろを着いて歩いて行くと、目の前に巨大なオブジェのような灰色の建物が出現した。

異形の建築物はよく見ると一枚一枚タイルのようなものが貼り付けられていて、これは中国の山東省産の花崗岩だそう。独特の形は「正面がなく、コーナーもなく、自然が生のまま投げ出された感じにしたかった」という建築を手掛けた隈研吾のコメントである。この佇まいだけでも既にアートだ。

館内にあるレストランでランチをとってから(地元食材を使った料理が美味)、地下にあるゴッホの展示へと向かう。一面にあの「ひまわり」をモティーフにした花畑。基本的に写真もOKで、撮影を意識したひまわりの花束なども用意されている。ちゃっかりそれを手に持ってポーズをとるまたまた中年女子二人。映像作品本編はゴッホの人生を辿るように、ストーリーと音楽とその作品の絵画が壁一面に映し出され、しかもそれはまるでゴッホ自身が目で捉えた情景のごとく動画になっていて、全身で体感できるインスタレーションでもある。「麦畑」の向こうから不気味に鴉の群れが飛んでくる様子や、「星月夜」の輝きと夜の闇など、天井から吊るされたハンモックチェアに座って鑑賞することもでき(人気席なので我々は座れず)、あの「アルルの寝室」に寛いでいるような気分にもなる。

ラジオディレクターとして気になったのはここで流れるBGM。クラシック音楽が多く、「星月夜」にドビュッシーの「月の光」が流れていたのはぴったりのムードだったが、他にブラームスのピアノ協奏曲第2番第2楽章、スメタナのお馴染みの「モルダウ」、プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」からのアリアなど。ゴッホとどのような関連性があるのかはっきりわからなかったが、まぁ、BGMに凝りだすとこの企画の焦点がぼやけてしまうので深追いするのは野暮というものである。

icon-youtube-play ドビュッシー:月の光by反田恭平(P)

icon-youtube-play ブラームス:ピアノ協奏曲第2番第2楽章byバレンボイム(P)

また壮観だったのは作年末の紅白歌合戦で音楽ユニットYOASOBIのパフォーマンスが中継された「本棚劇場」。2フロア分の高さに巨大本棚が一面に並ぶ空間にはプロジェクションマッピングも見られる。もちろんその膨大な蔵書の数々も必見である。

icon-youtube-play 川武蔵野ミュージアム「本棚劇場」(サンケイニュースより)

大人の遠足先として、大いにおすすめしたい。

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