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ムーティ指揮『アッティラ』演奏会形式上演

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

東京・春・音楽祭の仕事に関わっていたこの春から、イタリアの指揮者、ムーティが秋にも来日して、ヴェルディの「アッティラ」を指揮するということを知り、私は驚くと同時にとても楽しみにしていた。音楽祭の実行委員長である鈴木幸一氏の長きに渡るムーティとの交友から始まったこの音楽祭の目玉であるオペラ公演とその教育プログラム。今では日本中に知られるようになった。

リッカルド・ムーティはイタリアのナポリ生まれ。ミラノのヴェルディ音楽院で学び、1967年グィード・カンテッリ国際指揮者コンクールで優勝。カラヤンの招きでザルツブルク音楽祭に初登場し、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団やアメリカのフィラデルフィア管弦楽団などで指揮者を務めた。またミラノ・スカラ座でも音楽監督として長く活躍、特にヴェルディ作品には定評がある。ウィーン・フィルやベルリン・フィルなど世界有数の名門オーケストラとも共演を重ね、名実ともに世界の巨匠として尊敬を集めている。

私はクラシック音楽番組を担当していた頃から、ムーティの名録音の数々に接していたし、幾度となく彼の特集を組んできた。これまでにも東京・春・音楽祭には一ファンとしてムーティの公演を聴きに行っていたわけだが、彼が指揮をすると、まるで魔法にかけられたようにオーケストラも合唱も普段以上の実力を発揮する。彼にはそれだけのカリスマと威厳のオーラが備わっているのだ。

近年は指揮者とオーケストラの関係も変化し、ともに音楽を作り上げるスタイルが主流となっていて、それは小編成のオーケストラの台頭も大いにあるわけだが、指揮者が全権を握って指揮棒一つで音楽をまとめ上げるという、ある意味では昔の指揮スタイルともいえるこの圧倒的な存在感は、世界でもいまや数えるほどではないだろうか。

そんなムーティは若手の育成にも熱心である。イタリア・オペラ・アカデミーはムーティ肝入りの教育プログラム。東京・春・音楽祭ではこの教育プログラムを重視して東京で開催するとともに、様々な形で多くの人に発信している。前回のライブ・ストリーミングで観たことがあったが、その熱の入った指導にも驚いた。大きな身振りで、時に歌いながら表情豊かに指導する姿は、さすがにイタリア人気質を感じさせる。今年はインターネットでの配信はなく、東京音楽大学というまさに音楽教育の現場での公開レッスンとなっていたようだが、私は直接会場に行くことが叶わなかったので、本番のオペラ公演は是非聴こうと心に決めていた。

icon-youtube-play ムーティのピアノによる「アッティラ」解説

会場はオーチャードホール。現在Bunkamuraは改装中で、映画館や美術館も移動営業や休館となっており、このオーチャードホールだけがひっそりと続いている。周辺の商業施設も少なくなり、人流が途絶えた文化村通りは9月の三連休中で観光客はいるものの、陸の孤島といった様相である。「敬老の日」の祝日だったその日、東京はまだまだ猛暑が続いていた。マチネ公演だったので、蒸し暑い渋谷の坂をゆっくりと時間をかけて登って行く。閉店した東急百貨店本店に隣接したホールは、百貨店側の建物がなくなっており、なんとなく寂しい感じが漂っていた。Bunkamuraがオープンした当時、文化の発信源だった地、渋谷に誕生したまさに最先端の複合施設としての注目を一心に集めていたのを昨日のことのように思い出す。パリのカフェ、ドゥマゴのオープンはカフェ文化のはしりで、ここでお茶をするのが当時の若者のファッションでもあった。

さて、「アッティラ」の開演である。ヴェルディ作品の中でも上演は比較的珍しいオペラだ。

東京・春・音楽祭2024〜ムーティ指揮「アッティラ」
東京・春・音楽祭2024〜ムーティ指揮「アッティラ」

5世紀中頃のイタリアを舞台にフン族の王、アッティラを廻る復讐の物語。ヨーロッパを征服しつつあったアッティラは支配するアクイレイア領主の娘、オダベッラを妻にする。ローマ帝国の将軍エツィオはアッティラに同盟を持ちかけるが拒否され、アクイレイアの騎士でオダベッラの恋人であるフォレストと協力してアッティラ殺害を目論む。しかしアッティラの妻となったオダベッラも父の復讐の機会を狙っており、最後は剣によってアッティラ殺害を遂げる。

ムーティの指揮の雄弁さはのっけからこちらを飲み込む。音楽の畝りもさることながら、演奏会形式という舞台演出のない中でも音楽だけで情景が立ち現れてくる。豪華なソリスト陣はアブドゥラザコフ、ランドルフィ、ピロッツィ、メーリ。中でもフォレスト役テノールのメーリの歌声はオケの重低音をも凌いで真っ直ぐに客席に降り注いだ。全体としてのバランスという意味では目立ち過ぎ?という気がしないでもないが、最後までその澄んだ歌声が澱むことはなく、強く印象に残った。

それにしてもこの復讐劇というドラマティックな世界を見事に描いて聴かせたムーティ。指揮をする後ろ姿は往年の青年時代を思わせるほど背筋が伸びていて80を過ぎているとは到底思えない。「敬老の日」など蹴散らす若々しさに私も客席も感嘆し拍手に沸いたのだった。

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