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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

目黒爆怨夜怪とノヴェンバー・ステップス

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

先日、友人Cちゃんの誘いで薩摩琵琶を伴う怪談のライブに行った。人気怪談師の城谷歩さんと薩摩琵琶奏者の丸山恭司さんによる「目黒爆怨夜怪」と題されたイベントは、文字通り老舗ライブハウス「目黒ライブステーション」で行われた。折しも当日はかなりの大雨、私とCちゃんはお互い仕事がバタバタ状態の合間を縫って山手線の目黒駅で待ち合わせた。

目黒爆怨夜怪
目黒爆怨夜怪

怪談というと夏の風物詩のような気がしていたが、最近は季節を問わずかなり人気のイベントらしい。この城谷歩さんも元々は演劇畑の人だそうで、劇団を旗揚げして自らプロデュースした舞台に立っていたが、ひょんなことから勧められて怪談をやってみたら大評判となり、以降は怪談師として各地の数々のイベントに出演している。

丸山恭司さんはキャリアの長いギタリストで、ヘヴィメタルやロックの世界でこの目黒ライブステーションにも若い頃から出演。しかし一方で鶴田錦史に繋がる師匠に弟子入りして薩摩琵琶を学び、その数少ない奏者としても知られている。実家は浅草の老舗天麩羅屋さんで、先代の跡を継いでお店の経営者としての顔も持っている。地元浅草のリーダー的存在である彼は、Cちゃんの紹介で防災番組のゲストとしても出演していただき、私はちゃっかり便乗して行列の絶えないこのお店で天丼をご馳走になったこともある。

城谷さんと丸山さんは既に長い付き合いだそう。私は丸山さんに対しては老舗天麩羅屋のご主人というイメージが強く、琵琶奏者としての肩書を伺っていたものの、紋付袴姿で舞台に登場したのを見た時、あまりにその出立ちがお似合いだったので驚くと同時に感心してしまった。そして城谷さんの、まるで落語家のような滑らかな口上にも、寄席に来たかのような錯覚になった。役者として舞台に立っていただけあって、客席の呼吸を捉えるのがとても上手い。決して広くはないライブハウスのスペースに集まる人々の意識を、一気にステージに集中させなければ2時間近いイベントを持たせるのは不可能だろう。

城谷歩と丸山恭司
城谷歩と丸山恭司

始めは怪談の現代譚。稲川淳二さんのパフォーマンスでお馴染みの感じである。しかし私はどちらかというと現代の怪談はさほど興味がない。いわゆる怖がりでは全くないので、怪談師にとっては難物かもしれない。常々幽霊より現実の人間の方がよっぽど怖いと思っている。幽霊とか祟りとかは古典の世界で情緒豊かに楽しみたいタイプ。

…というわけで、俄然面白かったのは後半の平家物語を題材にしたいわゆる「耳なし芳一」である。江戸時代の怪談集を元に小泉八雲が1904年に『怪談』の中の「耳無芳一の話」としてまとめたもの。子どもの頃、私もこれを読んだ記憶があるが、とても日本的で映像が浮かび上がるような物語に、恐ろしさと同時に得もいわれぬ奥深さを感じたものだ。「耳なし芳一」は映画、テレビアニメ、ドラマ、漫画など、様々にリメイクをされ、一躍日本で広く知られるようになったが、この物語は琵琶の音色がとてもよく似合うのである。琵琶法師の話だから当然といえば当然だが、弦を撥で弾く音はどこか遠ざかってしまった過去に対するため息を思わせる。現在NHKドラマで放映されている「光る君へ」でも主人公である紫式部=まひろが亡き人や思いを巡らす時に度々琵琶を奏で、登場する。「もののあわれ」を表現する時、琵琶の音色はとても嵌るのだろう。

そんな琵琶だが、クラシック音楽愛好家ならば思い出すのが武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」だ。琵琶、尺八とオーケストラのための作品である。

日本を代表する現代作曲家である武満は、映画やテレビドラマの音楽も数多く手掛け、1960年代には小林正樹監督の映画「怪談」や、NHK大河ドラマ「源義経」などの作品の音楽制作を丸山さんの師匠筋である薩摩琵琶奏者の鶴田錦史らと共同で行なっていた。鶴田のための邦楽器作品もいくつか作曲していて、それを気に入ったバーンスタインが音楽監督を務めるニューヨーク・フィルハーモニックの委嘱作品として作曲を依頼した経緯があったという。クラシックの現代音楽という枠組みの中で、邦楽器を用いるという画期的かつ、日本独自の様式で生まれたのがこの「ノヴェンバー・ステップス」なのだ。そして武満とバーンスタインを結びつけたのが、当時ニューヨーク・フィルの副指揮者を務めていた小澤征爾であったことも忘れてはならない。この作品によって、武満徹は作曲家として世界的な名声を確立した。タイトルもぴったりの11月に「ノヴェンバー・ステップス」は是非一度聴いてみてほしい。

icon-youtube-play 武満徹:ノヴェンバー・ステップス

さて、目黒の「怪談」は大盛況の中、終演したが、怪談師の城谷歩さんの独演会はなんとポッドキャストのプラットフォーム、AuDeeでも配信されている。人気コンテンツだけに有料での配信となるが、ライブに行くことが叶わない人はこちらでお楽しみいただくこともできる。
秋も深まる季節、琵琶と怪談に耳を傾けてみるのも一興ではないだろうか。

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