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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

冬の空気のカルテット

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

先月からトッパンホールのコンサートに出掛ける機会が多かった。駅からやや離れた場所でありながら室内楽規模の会場として素晴らしい音響とラインナップで人気のトッパンホールは、サントリー音楽賞を受賞していることからもわかるように、優れた音楽家が多数登場するので毎回楽しみにしているファンも多い。コロナ禍で来日予定だったアーティストのキャンセルが相次いで、頭を悩ませているのはどこも同様だが、それをカヴァーして余りある魅力的なプログラムを企画してくれるのにはいつも嬉しい驚きがある。

そのトッパンホールの12月の主催公演で私が真っ先に気になったアーティストはフォーレ四重奏団。フランスの作曲家ガブリエル・フォーレの名を冠しているにも関わらず、彼らはドイツのカールスルーエ音楽大学出身の演奏家たちである。常設で活動するピアノと弦楽器という組み合わせは、トリオではボザール・トリオやトリオ・ヴァンダラーなど比較的多いものの、カルテットは珍しい。もちろん既存の楽曲レパートリーも圧倒的に多いのは弦楽四重奏曲だ。フォーレ四重奏団は編曲ものを取り入れたり、他のアーティストとコラボレーションしたり、録音でも趣向を凝らしたアルバムをいくつも作っている。そのどれもがセンス良く、もちろん演奏内容も企画を裏切らない素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれている。

私のお気に入りはソプラノ歌手ジモーネ・ケルメスと共演したR.シュトラウスとマーラーのピアノ四重奏と歌曲集のソニーのアルバム。これまでも何度番組で使用したことだろうか。以前から気になっていたフォーレ四重奏団なのだが、生で彼らの演奏を聴くのは実はこれが初めてだった。

プログラムの始めは彼らの名前の由来となったフォーレの歌曲から。もちろん編曲版である。私は独特のムードを持つフォーレの歌曲が好きでオリジナルでもよく聴くのだが、特に好きなのはフランスのカウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーが録音した盤。彼も他ジャンルのアーティストとの共演が多いことで知られる。

icon-youtube-play フィリップ・ジャルスキー

耳に馴染んだその歌曲をピアノ四重奏という編成で聴くのに、全然違和感なく、その歌の魅力が失われていないことに驚く。それほどメロディーがアンサンブルの中に自然に息づいている。それだけですっかり心を奪われてしまった。

その後は彼らお得意のフォーレのピアノ四重奏曲第2番ト短調と、ブラームスの第3番ハ短調。

フォーレの名を持ち、フォーレを得意としている彼らだが、フランスのアンサンブルとはやはり一味違う。特に第2番はやや悲愴感漂う第1、2楽章、第3楽章の子守歌のような伴奏音型に始まる緩徐楽章でもどこか暗い影を落とし、メランコリックではあるものの音色は怜悧で硬質、まるで12月の冬の空気のように、その音楽はきりりと研ぎ澄まされている。その響きの理由はおそらくピアノにある。明らかに音の質が違う弦楽とピアノでは、通常の演奏だと1対3という図式がどうしても立ち現れて、どちらかというとピアノがお客さん状態となることが多い。対立はともすればアンサンブルによそよそしさを生み出してしまうこともしばしばだが、フォーレ四重奏団はピアノが完全に弦楽と溶け合い、ある意味でピアノであることを全く感じさせないのである。これが常設の四重奏団の強みだろうか。ピアニストのディルク・モメルツは指揮者のように全体のまとめ役となっていて、常にお互いの音に耳を傾け、バランスを意識して一緒に音楽を奏でている彼らのアンサンブルの一体感は、楽曲そのものを一つの完璧な「作品」として私たちに提示してくれるのである。

icon-youtube-play フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番第1楽章

この完璧な「作品」が録音では時に隙がなさ過ぎる印象もあった。しかしこの日はライヴで立奏だったこともあるのか、動きに自由度があり、エモーショナルな音楽がシャープなアンサンブルの中に宿り、見事な対比となって、最後はブラームスの作品の奥底に流れる豊かな情熱を存分に歌い上げた。

icon-youtube-play ブラームス:ピアノ四重奏曲第3番第3楽章

今回度重なる政府の入国制限ギリギリで来日を果たしたフォーレ四重奏団。彼らの中にもこの世界を覆い尽くす閉塞感を解放したい、という思いが強くあったに違いない。緊急事態宣言から始まり、不安だらけだった今年の最後にこんな音楽が現れたことは奇跡的でもあり、同時に万感の思いで聴いた。

アンコールでは最後のブラームスを繋ぐ存在としてシューマンのピアノ四重奏からの緩徐楽章「アンダンテ・カンタービレ」、そしてフォーレの歌曲から「マンドリン」と「夢のあとに」。

icon-youtube-play シューマン:ピアノ四重奏曲よりアンダンテ・カンタービレ

その曲紹介はチェリストのコンスタンティン・ハイドリッヒが流暢な日本語で担当。完璧なプログラムに少々カッコよすぎのフォーレ四重奏団ではあるのだが、これからも音楽界の注目すべきカルテットとして唯一無二の存在感を示してくれることだろう。

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