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特集 – 帝王

特集 – 帝王


<特集 – 帝王>
時に絶大なカリスマ性を持ち、音楽界に君臨したアーティストを、〇〇の帝王、
と呼んだりすることがある。今回は、そんな「帝王」と呼ばれたアーティストを特集。

icon-angle-double-rightI GOT YOU(I FEEL GOOD)

icon-youtube-playI GOT YOU(I FEEL GOOD)icon-musicJAMES BROWN

J.Bこと、ジェームス・ブラウンは「ファンクの帝王」、時に「ソウルの帝王」とも呼ばれる。ファンク、と呼ばれる音楽は、1960年代半ばに、JBと、彼のバンドであるTHE J.B.’sによって、その原型が形作られ、ブーツィー・コリンズやジョージ・クリントンといったアーティストがPファンクへと発展させていった。JBのシャウトのような激しく情熱的な歌い方や、ホーンセクションは、R&Bとはまた違う熱量を持って、リスナーを熱狂させた。一方で、自分のバンドに対してはかなり厳しかったようで、演奏でミスがあると罰金を科したりしていたという帝王ぶり。とはいえ、プリンスやマイケル・ジャクソンなど、のちのアーティストにも多大な影響を与えた人物の1人である。

icon-angle-double-rightROCK ME BABY

icon-youtube-playROCK ME BABYicon-musicB.B.KING

「ブルースの帝王」と呼ばれるのがB.B.King。幼少時にギターを手にした彼は、Tボーン・ウォーカーといったブルースギタリストを愛聴し、また、テネシー州に移り住んでからはいとこにギターを教わり、その技術を磨いていった。そしてレコードデビューをするより先に、ラジオDJとしてデビューしている。1951年にレコードデビューを果たし、1964年にはスターンダードとなる「Rock Me Baby」をリリース。そのギターと歌声は、ヴァン・モリソン、ドクター・ジョン、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンなど、多くのアーティストにも愛された。

icon-angle-double-right‘ROUND MIDNIGHT

icon-youtube-play‘ROUND MIDNIGHTicon-musicMILES DAVIS

「モダン・ジャズの帝王」マイルス・デイヴィス。ジョン・コルトレーン、セロニアス・モンク、チャーリー・パーカー、ビル・エヴァンスなどなど、あらゆるジャズの巨人たちと共演しながら、時代とともに、そのサウンドを変化させていったマイルス。時にフュージョンのようなサウンドだったり、時にはヒップホップ、また時にはエレクトロ。さらには、映画「死刑台のエレベーター」で、映画のサウンドトラックとしてのジャズを切り開いたことでも知られている。彼独特のトランペットの音色は、一度聞けば耳に染み付いてしまうのではないだろうか。また、ボクシングと車好きでもあり、フェラーリなどの高級スポーツカーを乗り回していたようだ。

icon-angle-double-rightMISIRLOU

icon-youtube-playMISIRLOUicon-musicDICK DALE

「サーフ・ギターの帝王」ディック・デイル。彼は左利きだったが、右利き用のギターをひっくり返して使っていたそう。日本では松崎しげるさんなども、同じようなスタイルで弾いている。彼を一躍有名にしたのは1962年にリリースされた「MISIRLOU」という楽曲。カタカナでは「ミザルー」と表記されるこの言葉はギリシア語で「エジプト出身」という意味になるそうで、昔から存在していた楽曲。これをディック・デイルがサーフ・ロック調にアレンジし、ヒット。その後、映画「パルプ・フィクション」で使われたり、ブラック・アイド・ピーズがサンプリングしたりしている。高速のオルタネイト・ピッキングで、メロディが奏でられるエキゾチックな1曲だ。ただ、サーフミュージックが下火になったり自身の体調不良も重なり、あまり日の目を見なかったアーティストとも言えるかもしれない。しかし、生前のジミ・ヘンドリクスが、ディック・デイルの影響を受けていたと明言しているそうだ。

icon-angle-double-rightパッヘルベルのカノン

icon-youtube-playパッヘルベルのカノンicon-musicヘルベルト・フォン・カラヤン(ベルリン・フィル)

日本では「楽壇の帝王」とも呼ばれているというのが、オーストリアの指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンだ。ベルリン・フィルの指揮者としてタクトを振ると同時に、ウィーン国立歌劇場の総監督、ザルツブルグ音楽祭の芸術監督など、クラシックの大きなポストを一時独占するという、20世紀におけるクラシック界の重要人物、まさに帝王である。正確さと完璧を追求したカラヤンは、それだけでなくレパートリーも多かったそう。また日本とも縁が深く、来日公演は11回を数え、東京・赤坂のサントリーホールは設計の段階から携わっているということ。その教え子の一人に、小澤征爾さんがいる。また、生前はかなり派手な生活を送っていたそうで、自家用ジェットを持っていたとか。また車好きで、かなりスピードを出すのが好きだったようだ。

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