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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

冬の終わりに聴くシューベルト

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

東京も雪が降る季節である。今週もまた雪の予報が出ているようだが、暦の上ではもうすぐ立春。どんなに寒くても確実に春は近付いてきているのである。この季節に聴きたい音楽は何だろう、と考えていたところ、1月31日はシューベルトの誕生日だということに気付いた。この冬の終わりから春にかけての時期、シューベルトはまさにぴったりなのではないだろうか。

そう考えるのは歌曲集「冬の旅」の中にある『春の夢』という曲のイメージがあるからかもしれない。「冬の旅」はドイツの詩人、ヴィルヘルム・ミュラーの詩に基づいてシューベルトが作った全24曲からなる連作歌曲集である。全体を通して孤独と絶望に覆われているが、これは18〜19世紀における社会では産業革命が起こり、それまでのギルド=職人制度が崩れ始めていた世の中で、とりわけ若者が閉塞感に苛まれていた時代の空気がそのまま反映していると考えられているからだ。孤独と絶望は失恋の「冬の時代」であり、待ち望む「春の到来」は恋の喜びとなって歌われている。24曲中の何曲かはその「春」の気配を感じられる歌となっている。有名な「菩提樹」や「春の夢」もまさにそんな作品である。厳しく暗い冬を思わせる悲愴的なこの歌曲の中で、穏やかで優しいメロディーはまるで旅の疲れを癒すかのようだ。

icon-youtube-play 春の夢

icon-youtube-play 菩提樹

シューベルトは31歳という若さで世を去ったためだろうか、若者らしい孤独感と未来に対する憧れにも似た感情を持っている作曲家のような気がする。そんな彼の作品の中で私が好きなのは弦楽四重奏曲「死と乙女」だ。最初に聴いたのはいつだったかはっきりと覚えていないが、文学少女かぶれだった私がこのタイトルに惹かれたのはいうまでもない。これも第2楽章に歌曲『死と乙女』の主題を用いていることに由来する。もとになった歌曲『死と乙女』は病の床にある乙女を死神が誘惑するという詩によるもの。シューベルト自身も作曲当時は病がちで「死」を意識していたことは間違いない。この曲全体を支配する悲劇的な音楽はそんな彼の精神状態が表れている。

icon-youtube-play 弦楽四重奏曲第14番ニ短調「死と乙女」

貧しいシューベルトは住む家を持たず、友人達の家を泊まり歩きながら作曲活動をしていた。そんな文字通り「さすらい人」だった彼が書いたピアノ曲「さすらい人幻想曲」もまた同名の歌曲『さすらい人』の主題をもとにしている。やはりシューベルトの根幹は「歌」によるところが大きい。4楽章からなる幻想曲は切れ目なく音楽が続くもので長大な楽曲となっている。技術的にも高度なテクニックを必要とし、シューベルト自身がうまく弾くことができなかったというエピソードもあるようだ。個人的には以前このコラムにも書いた、亡くなった私の高校時代の友人がこの曲が好きでよく演奏していたのを思い出す。シューベルトは27歳年上の作曲家、ベートーヴェンを尊敬していたのは有名だが、この曲の冒頭の堂々とした風格は確かにベートーヴェンのピアノ・ソナタを思わせる。

icon-youtube-play さすらい人幻想曲

最後にご紹介したいのはやはり交響曲だ。近年シューベルトの交響曲の中で最もよく演奏されるのは第8番ハ長調「ザ・グレート」だろう。この曲はシューベルトの死後シューマンによって発見された。生前は技術的にも難し過ぎて演奏不可能と拒否され、また演奏時間も1時間を優に超える、シューマン曰く「天国的な長さ」だったため、遺品の中に長い間眠っていたのである。しかし「ザ・グレート」の名が示すように(もっともこのタイトルは出版社が付けたものでシューベルト自身ではないが)この曲の堂々とした風格とスケールの大きさ、凛とした美しい音楽はシューベルトのまた別の顔を垣間見せてくれるものだ。彼は仲間内だけで「シューベルティアーデ」と呼ばれるサロン・コンサートを行なっていた。それは友人達に囲まれ、歌曲や室内楽の作曲家として和気藹々に過ごしていたシューベルトの印象を完全に覆すものだったに違いない。シューベルトの兄、フェルディナントが弟の書斎を残していたため、そこでこれを発見したシューマンが楽譜を持ち帰り、メンデルスゾーンが指揮者を務めるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演された。この曲のハイライトはやはり最終楽章だ。冒頭からエネルギッシュな主題で始まる壮大で若々しい音楽はシューベルトの作曲家としての最後の輝きだったのかもしれない。

icon-youtube-play 交響曲第8番ハ長調「ザ・グレート」第4楽章

こうした経緯を考えてみても彼が過ごした時代は古典派からロマン派へと音楽が生まれ変わる過渡期にあたる。同時代にはベートーヴェンが存在し、またシューマンやメンデルスゾーンも顔を見せる。生きていれば彼らと同じ時代の空気を含んだ音楽を作っていただろう。まだ見ぬ春に想いを馳せ、苦悩の中で短い人生を終えたシューベルト。冬の終わりにシューベルトを聴きながら、彼が夢見た未来を生きる私達は、彼の美しい音楽をなお愛おしむのである。

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