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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

雨とピアノと白いドレス

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

私は雨女である。時に嵐を呼ぶ女になることもある。季節が変われば東京でも吹雪いたりしてそうなると雪女になったりもする。要するに大切な用事があると雨に降られる、というパターンがお決まりなのだが、その日も梅雨明け前の最後の雨模様の日となった。友人のピアニスト、島田彩乃さんが4ヶ月半振りにコンサートを開くということだった。

島田彩乃さんのご紹介をしよう。桐朋女子高等学校を首席で卒業。その後フランスに渡り、パリ国立高等音楽院、エコールノルマルで学び、ドイツのライプツィヒ音楽大学でも研鑽を積んでいる。ジャン・フランセ国際コンクール優勝など数々のコンクール受賞歴を持ち、現在は日本に帰国して大学で講師を務める傍ら、ソロはもちろん室内楽にも熱心に取り組んでいる。私が番組制作をしているミュージックバードとも関わりの深いトッパンホールへの出演も多いことから、勿体ないことにプライヴェートでも仲良くさせていただいている。フランス仕込みの優雅な感覚を持ちながら、ブラームスもこよなく愛する彼女のピアノは決して雰囲気だけではなく、しっかりとした芯の強さのようなものを備えている。また気配り上手でソリストにありがちな暑苦しさがない人なので、室内楽奏者としても評価が高いのは頷ける。加えてプロフィール写真を見ていただければ一目瞭然だが、大変な美女である。そんな彼女だけに当然ファンは多く、久し振りのリサイタルは通常50席のところを半分の25席ほどに減らしたとても贅沢なものだった。

会場は目黒にある小さなサロン、プリモ芸術工房。大井町線沿いの私の自宅からはさほど遠くない。しかも目黒線の洗足駅の目の前という立地は雨女を自認する私にとって更にありがたい。主宰している大島純さんはご自身もチェリストとして活躍する傍ら、2012年からこの小さなホールの企画運営を行なっているという。今回はインターネットでライヴ配信もするということで、その機材の準備も一人で行なっていた。

階段を昇ってホールのある建物の2階に着くと消毒と検温。どんな会場でも今はこの二つは必須事項である。ピアノは資料によると1936年製のニューヨーク・スタインウェイ。ウッド塗装がされてホールの白い壁にもよく似合う。その壁にはところどころ墨で描いた独特のタッチの絵が飾られていて、こじんまりとしているが素敵な空間である。やがて客席の合間を縫って島田さんが登場。クリスタルの縁取りを施した白いジョーゼットのドレスはほっそりとした彼女の魅力を一段と引き立てていた。

プログラムはドビュッシーとラヴェルというフランス音楽。前半は全てドビュッシーで映像第1、2集と続く。その冒頭は「水の反映」。この曲はまさしく水面に落ちた水滴の輪が広がっていくような和声進行で始まるのだが、その涼しげな和音が奏でられる度に微かに揺れ動く白いドレスの裾。窓の外は雨。それはまさになんと美しい『映像』だっただろうか。

icon-youtube-play ドビュッシー:水の反映

少し緊張気味に見えた島田さんもほどなくこのドビュッシーの瑞々しい世界に没入していった。途中短いトークを挟んだのだが、すぐには切り替えが難しかったようだ。コンサートの途中にトークを挟むのは最近の流行りだが、演奏するのと話すのでは脳の正反対の部分を使うような気がする。私などが想像してもかなり大変だと思うのだが、ライヴ配信もやっている手前、トークなしでは間が持たないという事情もあるらしい。

前半最後は「喜びの島」。演奏時間は10分に満たないが、ピアニスティックな技巧が散りばめられた華やかな作品である。私個人的にも音大のピアノ科だった時に卒業試験で弾いた思い出深い曲だ。まるでオーケストラのような色彩感と音の煌めき。当時、自分の技量を棚に上げて到底ピアノでは捉えられない世界だと思ったものだが、さすがにパリで学んだピアニストはドビュッシーの音の色合いを感覚的に描き出すことができるのだ。またメンテナンスされた状態の良いスタインウェイピアノの音色にもどこか郷愁と夢の世界に誘われる。

icon-youtube-play 島田彩乃ピアノリサイタル

後半はラヴェル。ドビュッシーとラヴェルはフランスの印象派として一括りにされがちだが、個性はかなり違う。島田さん自身も今回初挑戦したラヴェルの曲も多かったので、なかなか苦労したそうだが、彼女が本来持っている作品への真摯なアプローチや考え方はラヴェルの中にある理知的な部分と相通じるところがあるような気がした。『鏡』の冒頭の「蛾」の妖しい音のテクスチュア、「悲しき鳥」の神秘的な囀り、「鐘の谷」の和音の連なりは深い丁寧なタッチから繰り出され、「海原の小舟」の波間の揺れ、「道化師の朝の歌」のエキゾティシズムなどはちょっと往年のピアニストのような節回しを思わせた。まだ手探り感はあったような気がするが、音には確かな手応えがあり、彼女のレパートリーとしてラヴェルは他の作品も是非取り入れて欲しいと思った。

icon-youtube-play ラヴェル:鏡

演奏が終わって、再びマイクを持った彼女は久し振りのライヴの緊張と喜びを懸命に言葉にした。しかしそれは言葉以上に彼女の溢れるような笑顔に表れていたのだった。

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