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2025秋の来日公演④〜ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

この秋の来日公演、先のコラムでも書いた3公演で(お財布事情的にも)おしまいにするつもりだったのだが、ひょんなことから転がり込んできたチケットにより、突如追加してしまおう。現代若手ナンバーワンの呼び声も高い、フィンランド出身の指揮者クラウス・マケラによるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のミューザ川崎シンフォニーホールでの公演である。

クラウス・マケラ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団来日公演
クラウス・マケラ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団来日公演

マケラは驚くべきことにまだ20代。私が初めてマケラの指揮で聴いたのは2022年、都響に客演した時で、当時はまだ26歳だったというのだから、ちょっとレベルが違う。その時のプログラムはマーラーの交響曲第6番。その後はあれよあれよという間にパリ管弦楽団の音楽監督に。私はそのパリ管との公演も聴きに行った。彼がこの先、世界のトップ指揮者になることは間違いなく、チケットもそうそう買えなくなるだろうとの予想から、来日公演は早い段階で聴いておきたかったのだ。案の定、マケラは2027年から世界3大オーケストラのひとつともいわれるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に就任が決定している。2027年からはシカゴ交響楽団の音楽監督にも就任するという。実をいうとサントリーホールで予定されていた、アレクサンドル・カントロフとの共演によるブラームスのピアノ協奏曲第1番と、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」というプログラムの公演を狙っていたのだが、敢えなく惨敗。諦めていた矢先のことだった。

ミューザ川崎は私の自宅からは比較的近い。駅からもすぐなのでもっと通ってもいいホールなのだが、乗り慣れない南武線を使うのが少々億劫でもあり、ずいぶんと久しぶりである。しかしヴィンヤード型の独特の形状を持つホール自体は、、素晴らしい音響であり、純粋に音楽を楽しむことにかけてはいささかの不足もない。巡ってきたチケットは3階席の中央。やや舞台からは遠い席に思えるが、左右のバランス的には問題ないだろう。

ミューザ川崎シンフォニーホール(公式Facebookより)
ミューザ川崎シンフォニーホール(公式Facebookより)

プログラムは始めにリヒャルト・シュトラウスの若き日の作品「ドン・ファン」。颯爽と登場したマケラの立ち姿は既にオーラが漂う。冒頭から胸のすくような音楽を聴かせる。コンセルトヘボウといえば弦楽器の美しさに定評があるが、世紀末に活躍したシュトラウスとマーラーという二人の作曲家の音楽は、管楽器も重要な要素である。特にホルンは肝となる役割を担っているが、今回このホルンを称えたい。テクニックもさることながら絶妙なニュアンスで音楽の陰影を縁取る。その細かな音色の変化を具に感じ取れるのはこのホールの特性か、奏者の演奏能力か、はたまたマケラの音楽作りの才能か。前半を終わってこの爽快感は実に心地よい。

さて、ミューザ川崎は久しぶりなので、私は事前にホールの案内図を頭に叩き込んでおいた。休憩時には無駄のない動きが必要。ソファーに座りながらゆっくりとコーヒーを飲むことができた。容姿端麗なマケラが指揮ということもあり、比較的女性客が多かったものの、トイレにも行き座席にはちゃんと5分前に辿り着くことができた。

マーラーの5番は冒頭トランペットのソロから始まる。葬送のファンファーレともいえる音型「タタタターン」である。思ったより重ための歌い口だろうか。マケラはその後、徐々にテンポを煽っていき、幾度か繰り返されるファンファーレは少しずつ軽やかになっていく。このトランペットをはじめ、代わる代わる登場する木管楽器の響きも細かなニュアンスを拡大鏡で覗くがごとくの演奏で実に素晴らしい。やはり世界の一流オーケストラは管楽器が抜群に上手い。しかし、今回私は低弦セクションも特筆しておきたい。特にマーラーではコントラバスの響きが重要だが、その低音がこんなにも音楽的に感じられるのは稀だ。これはホールの特性だけではないだろう。

この5番の交響曲はマーラーの人生でもアルマという伴侶を得た絶頂期に書かれている。特に第4楽章のアダージェットはそのロマンティックで甘美なメロディーが艶やかな弦楽で愛を語り、まるで音の雫が滴り落ちるようだ。マーラーをモデルにしたともいわれるヴィスコンティの映画「ベニスに死す」で使われたことで一躍有名な曲となった。映画では印象的な美少年タッジオ役を演じたビョルン・アンドレセンが先頃亡くなったのをふと思い出す。

icon-youtube-play 映画「ベニスに死す」予告編

マケラの指揮は個々の楽器の音色の響きをクローズアップすることで各楽章の個性を際立たせる。しかも、その連続性に細心の注意が払われており、その統一感の見事さは楽曲全体の流れとイメージを一層膨らませる。そして終楽章は希望への光に包まれるような輝かしい金管のコラールとともにフィナーレへと導かれる。終わった瞬間、客席からは雄叫びのようなブラボーと同時に感嘆の拍手に沸いた。思い出しても鳥肌が立つようなフィナーレだったが、全曲を通して私の心を捉えたのは大音量からのパウゼで生まれる一瞬の余韻。振り下ろされたマケラのしなやかな手が掴んだ最後の音が消えゆく瞬間は忘れ難い。

icon-youtube-play マーラー:交響曲第5番より

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