
RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
久しぶりの京都来訪である。コロナ禍直前の京都に訪れたのは2020年の冬のことだ。1回目の緊急事態宣言直前だったので、既に海外からの観光客は激減し、およそ京都とは思えない人通りの少ない祇園界隈を思い出すと、今、この外国人観光客でごった返す様子を目の当たりにして、それなりに時間が経ったのだなぁ、と実感する。
今回は3泊4日の関西旅行。京都を目指したのは大阪万博を取材するついでに、平安神宮で行われる「京都薪能」を、これも20年振りくらいに観ようと思い立ったからである。仕事上でもお付き合いのある神戸在住の友人、かのうよしこさんが、忙しい合間を縫って京都案内を買って出てくれて、薪能も一緒に鑑賞することになった。ランチに湯豆腐をリクエストしたので、昼過ぎから合流予定である。月曜日の早朝から新幹線に乗り込む。東海道新幹線も久しぶりでS-Workというビジネス専用車両に席を取り、到着する前にひと通り連絡をメールやSNSで済ませる。Wi-Fiも通じているし、周りのビジネスマンもPCに向かっているので、静かでとても良い。JR東海の回し者じゃないが、一人なら断然S-Work車両を選びたい。
予定通り10時に京都駅に到着。既に駅はすごい人である。前回はちょっと贅沢して京都の有名旅館に宿泊したが、コロナ明けで現在ホテルは高騰、利便性を優先してビジネスホテルを選んだ。まずはホテルに荷物を預け、身軽になって、頼まれたお土産を買いに行く。なんだかんだで京都は広いが、バスを使いこなせないので取りあえず地下鉄と徒歩で移動したら結構時間がかかった。お土産を買い終えると早起きしたせいでどっと疲れが出てきた。Googleマップを見ると近くにイノダコーヒー本店があるではないか。いや、正式には「イノダコーヒ」か。表は町屋造り、中に入ると本館と旧館に分かれていて、重厚感ある旧館はレトロな雰囲気だ。運のいいことに中庭を覗く旧館の窓際に案内され、コーヒーフロートを飲みながら一休み。作家や芸術家も多く通ったというこの店は文芸作品や映画にも登場する。なかでも有名なのは高田渡の歌った「珈琲不演唱(コーヒーブルース)」。イノダコーヒのHPにも紹介されているが、いいタイトルである。
高田渡:珈琲不演唱(コーヒーブルース)
さて、かのうさんと落ち合うために祇園方面へ。正午近くになると曇り空とはいえ、雲間から日が差し、そこそこ暑い。産寧坂を登った途中に「ゆどうふ奥丹清水」があった。こちらも老舗で京都らしい古い日本家屋の奥には庭園が設えてある。暑さに弱い私は湯豆腐をリクエストしたにも関わらず、日和って冷奴のコースをオーダーしてしまった。正統派のかのうさんはやはり湯豆腐。
総本家ゆどうふ奥丹清水
ランチの後は少し観光しつつ、早めに京都薪能の会場である平安神宮の近くの岡崎公園へ。雨天の場合は隣のロームシアター京都で開催されることになっているのだが、この2階に「京都モダンテラス」というカフェがあり、開場時間までお茶をすることにした。ここまでなんとか曇り空を保っている。抹茶ラテを飲みながら和と洋のスイーツを3つ選べるセットを頼んだ。ここまでどのお店でも若い店員さんが対応してくれたのだが、皆とても親切でホスピタリティーが素晴らしい。マニュアル通りではない、丁寧で臨機応変な接客は東京よりも断然質の高さを感じる。
京都モダンテラス
そうこうするうちに開場時間になった。プログラムを買い求めて領収書を所望したところ、受付の男性が応じてくれたのだが、慣れないのか数枚書き損じていた。普通ならば「すみません」だけで終わるところ、書き直しながら「お商売を京都でやってはるんですか?」と質問される。私が答えるより先にかのうさんが「私は神戸で彼女は東京です。会社名よく覚えておいて下さい(笑)」「だいぶ練習しましたからもう覚えました(笑)」という会話が繰り広げられる。関西人のコミュ力はすごい。
第74回を数える京都薪能。平安神宮の大極殿は現在修復中とのことで、舞台の配置が門に対峙する形になっていた。京都能楽会が企画するこの公演の運営は若い能楽師たちが自らスタッフとして動いている。プログラムの最後に彼らの紹介ページがあったが、皆、普段着でなんとビール片手に写っている能楽師も。先ほどの受付の男性もそうだったのかもしれない。恐縮至極。
広告を見ると「聖護院八ツ橋」や、葛切りの「鍵善良房」、京菓子の「鶴屋吉信」、お茶の「一保堂茶舗」、お香の「松栄堂」などの他に能装束や檜書店など、京都ならではの名店がずらり。それらを見るだけで気分が上がってしまう。
京都薪能チラシ
演目は「洛中洛外幽玄紀行」と題され、能の名曲と京の名所を重ね合わせる趣向。金剛流能「嵐山」、観世流能「夕顔」、大蔵流狂言「太刀奪」、そして最後が観世流能「雷電」だったのだが、狂言を終えたところで雨足が強くなり、なんとそこで中止となってしまった。自分の雨女ぶりを呪うしかない。
しかし幕間のインフォメーションは舞台上で太郎冠者と次郎冠者による狂言風で行われたり、すべてがエンターテイメントなのが天晴れ。上方の芸能魂を感じながら街に繰り出し、かのうさんと京都の夜に乾杯した。
京都薪能
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