

RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
京都を去る日は大雨だった。そんな日にイノダコーヒで朝食を。「京の朝食」セットはスクランブルエッグとハム、たっぷりのサラダとフルーツ、クロワッサンと飲み物がつく。雨のせいで蒸していたのでアイスカフェオレをオーダー。ボリュームたっぷりの朝食を食べ終わるといっそう雨足が強くなってきた。地下鉄を乗り継ぐのが億劫になり、タクシーを呼びホテル経由で京都駅へ向かってもらう。タクシーアプリはこんな時に便利である。ドライバーに名前を告げて乗り込むと、「イノダコーヒーで朝食、ええですね」と微笑まれる。何気ない一言に心が和む。

京の朝食
京都から大阪へ移動し、梅田にあるホテルで夫と合流。夫婦で旅行する機会はそんなに多くないのだが、お互い趣味趣向が違うので、いつもこんな風に現地集合、場合によっては現地解散のこともあるし、現地で自由行動の時もある。今回は万博見学という共通目的のためいつもより一緒に行動する時間が長い。
まずはお互い興味を持っていた大阪国際芸術祭「リシェイプド・リアリティ:ハイパーリアリズム彫刻の50年」を観に行くことに。大阪文化館・天保山(旧サントリー・ミュージアム)は大阪メトロ中央線の大阪港駅からすぐのところにある。建築家の安藤忠雄の設計による美術館は1994年の竣工。万博会場の賑わいとは打って変わって静かな佇まいだ。ハリウッド映画の特殊メイクでも活躍するカズ・ヒロ、ポップアートの第一人者アレン・ジョーンズ、国際的アーティストユニットのグレーザー/クンツ、ハイパーリアリスティックな彫刻のサム・ジンクスなどのアーティストの作品が展示されている。現実の人間と見紛うほど精巧な彫刻は、今にも動き出しそうで、美術館スタッフがところどころに立っているのだが、彼らと見分けがつかなくて混乱しそうになるほどだ。

サム・ジンクス:Woman-and-Child
夜は神戸在住のライター、かのうよしこさん夫妻と芦屋のレストランで一緒に食事をすることになっていた。大阪から芦屋は電車で40分程と意外と近い。カウンターのみのレストランは、フランス料理界のダ・ヴィンチと呼ばれたアラン・シャペルの弟子で、神戸ポートピア・ホテルの「アラン・シャペル」シェフだった小久江次郎さんが営む「芦屋次郎」。東京時代も長いシェフはファンも多く、2018年からは地元の美食家たちに愛されるこの小さなレストランで腕を振う。お任せメニューのみの知る人ぞ知る名店で舌鼓を打ち、明日に備えてホテルに戻り、早めに就寝。
翌日はいよいよ大阪万博へ出発。入場ゲートで空港並みのセキュリティチェックを受ける。希望するパビリオンの事前抽選はことごとく外れてしまったので、行き当たりばったりで並ぶしかなかったのだが、入場制限を設けているパビリオンも多く、なかなか効率的に動き回れない。それでもUAE(アラブ首長国連邦)、ポルトガル、チェコ、オーストリア、ベルギー、モナコ、インドネシア、ウクライナ、フランスなどを見て回り、気がつけば1日2万歩以上歩いていた。
出色だったのはフランス館。劇場のようなエントランスには2つの長蛇の列が。1つはもちろんパビリオンで1つはブーランジェリーである。本場フランスのパンにも心惹かれたがここはやはりパビリオンを見なくてはなるまい。スポンサーは世界最大のラグジュアリーブランドグループLVMH。テーマは「愛の讃歌」である。
愛の讃歌
入口すぐのところで焼け落ちたノートルダム大聖堂のキマイラ像がまず目に飛び込んでくる。その背景はジブリのアニメーションだ。ところどころにロダンの彫刻を配し、ルイ・ヴィトンのトランクが壁一面に積まれ、ディオールの衣装展示や、奥にはワイン大国として農場や自然をイメージした庭園もある。またフランスと日本のミニチュア建築を並べ、赤い糸を繋げることで両国の友好を表現する。最後はポンピドゥーセンターの屋上で繰り広げられるダンスパフォーマンス映像があり、圧巻のインスタレーションと展示、映像のどれもがクォリティ高かった。
フランスパビリオン
巨大な五線譜が空に舞い上がるような外観のパビリオンはオーストリア館。入口には浮世絵が描かれた特別仕様のベーゼンドルファーのピアノが展示されている。中の塗装も漆を思わせる朱赤で、水色のクッションの椅子、この色彩感が和をイメージさせる。また来場者が各楽器をタッチパネルで選び、リズム、低音や高音を選ぶと、AIによってオーケストラ風にアレンジされるという作曲ツールもあり、最後にはウィーン・フィルがそれを演奏する映像が壁に映し出されるという演出もあった。

浮世絵仕様のベーゼンドルファーピアノ
1970年の大阪万博ではクラシック音楽がかなりフィーチャーされ、現役バリバリの邦人作曲家の武満徹や高橋悠治、あのクセナキスの書き下ろしの作品が演奏されていたという。これは私の担当するポッドキャスト番組「上野文化塾Season2〜上野と万博」の回でもご紹介している。55年の時を経て2025年になると素人の悪戯のようなモティーフもAIできれいにまとめたオーケストラ曲が即座に出来上がる。デジタルとテクノロジーによる最新の万博をそれなりに楽しんだが、やはり記憶に深く刻まれるのは生身の人間による音楽やエンターテイメントのインパクトとその空気感のような気がしてならない。
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