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冬の京都に響く音

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

新型肺炎の影響で日本も各地で観光業に影響が出ているという。しかし逆にいえば今やどこでも中国からの観光客でごった返している名所に行くチャンス! 「そうだ、京都行こう」。どこかの広告のようだが、京都とは折に触れてふと行ってみたいと思わせる不思議な魅力がある。知り合いからもつい先頃京都に行ったらかなり空いていた、との情報を得て、久し振りに京都に行くことにした。

icon-youtube-play 映画「サウンド・オブ・ミュージック」より

とはいえスケジュールの都合で一泊しかできないし、バタバタするのも味気ない。何かコンサートを聴くことにしようと思ったのだが、生憎コンサートは滞在期間に目ぼしい公演がなく、ならば能か歌舞伎でも観ようかと思ったところ、金剛能楽堂で興味を引く狂言の会があった。

〈茂山狂言会〉は狂言大蔵流の名門である茂山千五郎家の歴史ある自主公演。毎回テーマを設けて開催されている。今回はオリンピックの年にちなんでスポーツに関係のある演目を集めた「技と芸の力比べ」というもの。相撲や芸、力比べを描いた4演目がラインナップされている。これはなかなか凝った趣向で面白そうである。また会場である金剛能楽堂は関西に唯一ある能の流派〈金剛流〉の本拠地でもあり、常々訪れてみたいと思っていたのである。

実は少し体調を崩していた私は京都に無事出発するために、前日の夜は仕事を早めに片付けてとっととベッドに入って睡眠をとった。正直まだちょっと本調子ではなかったのだが、たまの旅行なので以前から泊まってみたいと思っていた京都らしい町家の伝統ある「炭屋旅館」を予約していた。それをキャンセルすることは是が非でも避けたい。なにしろそうなったらキャンセル料も馬鹿にならない。気力で(?)無理矢理体調を整えた。

日曜日の朝、新幹線に乗り込む。東京は小雨がぱらついていたが、その日は京都も雨模様だった。昼過ぎに京都駅到着。まずは宿に荷物を預けてチェックイン。炭屋旅館は京都の中心地にありながら、ひとたび中に入るととても静かだ。昔ながらの佇まいにも穏やかな気分に満たされる。お茶をいただき一休みしたところでタクシーを呼んでもらい、金剛能楽堂に向かう。宿からは車で10分程。雨にも関わらず多くの人々が会場に集まってきていた。少し異様だったのは今回のウィルス問題で主催者を含め、和服を召した方々もマスクをしていたこと。勿論その旨について主催者側から張り紙でエクスキューズされていた。

コンクリートと木でできた思いがけずモダンな外観の能楽堂の中に入る。ロビーがあり、ガラスの向こうにはさほど大きくないが庭に池があり、錦鯉が色鮮やかな背を見せて泳いでいる。雨に濡れた植木の風情もこうして見るとなかなか趣がある。

icon-youtube-play ルーセル:雨の庭

さて、今日の演目。大名が使用人との相撲に勝ちたいが故に指南書を読んで臨む「文相撲」、浅鍋売りと八撥売りの権力争いをコミカルに描く「鍋八撥」、若い旅人が鬼に出くわし、鬼の娘の食い初めにされそうになるところを力比べで逃げようとする「首引」は父親でもある恐ろしい鬼が娘にみせる愛情たっぷりの声色が笑いをそそる。着ぐるみの馬が登場するなど視覚的にも楽しめる「止動方角」の4本。途中休憩の後には幼い演者たちの小舞も挟まれる。力比べという比較的わかりやすいテーマだけに、少なかったとはいえ外国人観光客や、私の隣は小学生くらいの女の子だったがそんな彼女にも楽しめた様子だった。しかし一見楽しい演目でも演者同士の呼吸や間合いなどはやはり流石のものがある。狂言は喜劇の要素が高いだけにこうした呼吸は非常に重要だ。幼い演者たちも常日頃から稽古を続けているのだろう、こうした伝統芸能の継承者には敬意を表する他ない。

icon-youtube-play 狂言「濯ぎ川」by茂山狂言会

終演後、再びタクシーで宿に戻る。炭屋旅館は京都の名門旅館である俵屋、柊屋とともに御三家とも並び称されるが、茶人との関わりも深く、唯一茶室を持っている宿である。そんな旅館だけに毎月茶事も行われており、また初心者のための抹茶体験などもあるので今回私もそれに申し込んでみた。

お茶の作法を指南してくれるのは女将。お話を伺うとやはり茂山千五郎家とも懇意のようだ。凛とした和服の着こなし、はんなりとした京都弁というよりは、はきはきとした口調なのが意外でもあり、現代のキャリアウーマンという感じもする。お茶室「玉兎庵」は炭屋の先先代の主人が卯年生まれだったことでそう名付けられたという。お茶室の前の庭は一見ごく自然に見えるが、その設えは計算されつくされ、蹲の石はもともと大阪城修復時に大名が忠誠心を示すために提供された刻印入りのもの。数が多過ぎて修復には使われなくなり、「残念石」と呼ばれたものが紆余曲折経てこうして炭屋の茶室の庭に置かれている。

京都の老舗らしい歴史ある逸話に耳を傾け、慣れない手付きでお点前をしていると雨の音が優しく響いてくるから不思議である。京都の夜は2月にしては少し暖かく、お茶の香りとともに私の心もいつしか夜の帳の中に溶けていった。

icon-youtube-play ドビュッシー(管弦楽編):音と香りは夕暮れの大気に漂う

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