洋楽情報・来日アーティスト・セレブファッション情報なら ナンバーシックスティーン

Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

モリコーネよ、永遠に

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

とあるトーク番組を担当しているのだが、毎回ゲストに1曲選曲してもらって、ラストにその音楽をかける。その時のゲスト、某漫画家の先生が選んだのは映画『荒野の用心棒』のテーマだった。まさにそれを録音編集していた時に作曲家エンニオ・モリコーネの訃報を知った。

icon-youtube-play 荒野の用心棒

エンニオ・モリコーネはイタリアのローマで生まれた作曲家。数多くの音楽家を輩出している名門のローマ・サンタ・チェチーリア音楽院で学び、ラジオやテレビの音楽や編曲を手掛け、後に映画音楽の世界で大活躍した。いわゆる「マカロニ・ウェスタン」と呼ばれる西部劇を始め、『ミッション』、『アンタッチャブル』、『ニュー・シネマ・パラダイス』など数多くの名作の音楽を担当している。グラミー賞やアカデミー作曲賞など受賞歴も多く、また日本の大河ドラマの音楽も担当するなど、多彩な活動を繰り広げた。享年91歳だったモリコーネの活動期間は1950年代から2020年までと非常に長かったことを考えると、彼の音楽のキャパシティの広さも納得というところではある。

しかしモリコーネは単に長寿で器用な作曲家というわけではない。常にそこにはイタリア人らしい歌心が存在する。それが映画というドラマの中で生かされ、まさに沸き起こる感情の波とともにそのメロディーが畝り、揺さぶられるのである。

そうした稀代のメロディーメーカーでもあったモリコーネの代表作とも言えるのが、クラシック音楽のアーティスト達もこぞってこれをアレンジして演奏している、『ニュー・シネマ・パラダイス』の音楽ではないだろうか。一人の映画監督の少年期から青年時代を回顧する物語。映写技師のアルフレートが残したフィルムを初老になった映画監督が眺めるラストシーン。モリコーネの郷愁に満ちた美しいメロディーが流れる時、誰もがその涙も同時に流れ出るのを押しとどめることはできないだろう。

icon-youtube-play ニューシネマ・パラダイス

もう一つ印象的な曲は映画『ミッション』の中の「ガブリエルのオーボエ」である。18世紀のスペイン植民地下の南米パラグアイを舞台に、先住民族とキリスト教宣教師たちの交流と文化の違いや葛藤を描く歴史ドラマ。宣教師のガブリエルが奏でるこのオーボエのメロディーは、壮大な物語の中で一服の清涼剤のような印象を残す。モリコーネが繊細かつ清らかなこの楽器の音色の魅力を存分に知り尽くしている証拠だ。現在ではオーボエの主要なレパートリーと言っても過言ではないし、ヴァイオリンなどの旋律楽器で演奏されることも多い。また歌詞を付けた「ネッラ・ファンタジア」としてサラ・ブライトマンなどが歌ったことでも有名になった。

icon-youtube-play ガブリエルのオーボエ

とまぁ、ここまでは一般的なモリコーネの代表作なのだが、個人的に引っ掛かっているのは、まだミニシアターが都内のあちこちに存在していた頃、時間があると映画をはしごしていた時代のこと。私は今は無き銀座のシネパトスに、パゾリーニの映画『ソドムの市』を観に行った。ダンテの『神曲』の構成を取り、常軌を逸したファシスト達の変態行為を描いた映画で、うら若き女子が一人で観に行くような内容ではなかったのだが、当時半地下にあった映画館では上映中に鼠がスクリーンの裏側を走り回るという仰天アクシデントとともに強く記憶している。なんとこの作品もモリコーネが音楽を担当しているのである。オープニングの長閑なダンス音楽はその後繰り広げられるエグい内容とは一見かけ離れたイメージで、拍子抜けするほど。このあたり、パゾリーニの人を喰ったような人間性を感じなくもない。この映画では既存の音楽も多く使われていて、オルフの「カルミナ・ブラーナ」の一節の方が余程それっぽいのだが、モリコーネとパゾリー二は終生の友人だったというエピソードを物語るものである。

icon-youtube-play ソドムの市

モリコーネの多彩な才能を示すもう一つの異色作は1971年の映画『死刑台のメロディー』。アメリカの実際の冤罪事件を扱った社会派の作品で、「勝利への賛歌」はシンガーソングライターのジョーン・バエズの歌声とともにヒットしたことで有名である。オルガンから始まる冒頭の序奏から、静かに勇壮なメロディーが展開するこの曲も名曲の誉れ高い。

icon-youtube-play 勝利への賛歌

最後に忘れてはならないのは「マカロニ・ウェスタン」。冒頭で登場した漫画家の先生も触れていたように、1960年〜70年代にイタリアで製作された西部劇である。私より上の世代ではこの音楽の印象も強いに違いない。『荒野の用心棒』の他、『夕陽のガンマン』の口笛のフレーズは一度聴いたら忘れ難い。クリント・イーストウッドやバート・レイノルズといった今は大御所となった駆け出し時代の俳優が出演していたのも懐かしく思い出される。

枚挙にいとまがないエンニオ・モリコーネの名曲の数々。今宵は彼の音楽が生み出された50年に思いを馳せて、永遠に輝き続けるそのメロディーに耳を傾けてみようか。

清水葉子の最近のコラム
RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

加藤訓子のライヒ最新アルバム〜kuniko plays reich Ⅱ

先日、パーカッショニストの加藤訓子さんのニューアルバムプレス発表会&試聴会にお邪魔した。加藤さんはこれまでもLINNレコーズからアルバムをリリースしていて、これが7枚目となる。 LINNといえばイギリスの高級オーディオメ…

RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

薪能のすすめ

東京ではいつもより遅れて3月も終わりになる頃、ようやく桜が開花した。毎年私がお花見がてら訪れているのが靖國神社の「夜桜能」。4月の初めに靖國神社境内にある能楽堂で開催されているもので、これは芝公園にあった能楽堂を明治36…

RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

マウリツィオ・ポリーニへのラブレター

その日、ピアニストのマウリツィオ・ポリーニが亡くなったというニュースが世界中を駆け巡った。ピアノを愛する人にとってこれははただの訃報ではない。「時代の終焉」「巨星墜つ」といった言葉が頭をよぎったことだろう。近年はコンサー…

RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

上野文化塾

春はイベントの多い季節だが、私が楽しみにしているイベントもこの時期に集中している。その一つが東京・上野を中心に開催している「東京・春・音楽祭」である。ご存知のように上野公園周辺には博物館や美術館が多く存在しているので、こ…

RADIO DIRECTOR 清水葉子コラム

『カルミナ・ブラーナ』の中毒性

久しぶりのサントリーホール。東京フィルハーモニー交響楽団の第999回サントリー定期は首席指揮者アンドレア・バッティストーニ指揮によるオルフの「カルミナ・ブラーナ」である。バッティストーニの音楽性は、この爆発的なエネルギー…

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です